最高裁判所第二小法廷 昭和56年(あ)895号 決定 1981年9月03日
本籍
神戸市東灘区御影町東明字乙女塚四七〇番地
住居
大阪府豊中市玉井町一丁目一〇番二五号
会社員
豊田志津子
大正一三年六月五日生
右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五六年四月三〇日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人西枝攻、同須田政勝の上告趣意第一は、憲法三一条違反をいう点を含め、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第二は、憲法三一条、三六条違反をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 宮崎梧一)
○上告趣意書
法人税法違反事件
被告人 豊田志津子
頭書事件(昭和五六年(あ)第八九五号)につき弁護人は左のとおり上告の趣意書を提出する。
昭和五六年七月二一日
右被告人弁護人
弁護士 西枝攻
同 須田政勝
最高裁判所 第二小法廷 御中
第一、原判決は憲法第三一条にいう適正手続を欠いた違法なものである。即ち原判決はその法令適用において、さらに事実認定において、憲法第三一条に違反している。
一、原判決は、門真残土地の譲渡所得が原判示会社に帰属するものとしているが、その理由として、「法人税法所定の課税対象となる法人の所得とは、もとより当該法人に帰属する所得をいうものであるが、その所得の法律形式上の帰属者が単なる名義人に過ぎず、他に実質的享受者が存存する場合においては、担税力と税負担の公平の観点から、所得の形式的な帰属者ではなくて、その実質的な帰属者に租税負担の義務を負わせるのが相当であって、私法上の法律効果とは別個に、事実上発生存続している経済的効果に対し課税することは、税法上における実質課税の原則に照し許容されるものというべきである。」とし、「門真残土地の譲渡益を原判示会社に帰属する。」と認定している。
二、しかしかかる認定は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認であり、法令の違反が存し、かかる違反は、憲法第三一条の適正手続に違反するものというべきものである。
(一) 原判決は、本件譲渡益が会社に帰属するとする根拠として、先ず、「門真残土地の前記売買は、法律形式上は喜美枝と勝枝の両名が個人として、したものであることは所論のとおりである。」との前提に立ちながら、「原判示会社設立の経緯、会社の公表帳簿の記載、経理処理の内容などからすると、門真残土地は、会社設立前に個人として買受契約が締結されたものであり、会社設立後会社帳簿に資産として記載された後においても、個人所有名義にされていて、会社にその所有権を帰属させるための私法上の法律行為はなされていないが、門真残土地を含む門真二番の土地全部について、原判示会社設立時に、実質的には財産引受がなされていたとみることができる」と認定している。
(二) しかし、現行の商法において会社の財産引受行為そのものが厳格な要件のもとに行なわれ、単に会社帳簿の記載のみで財産引受行為がなされたとの構成がとれないこと明白である。
また、法人設立の目的が、個人財産を法人財産との明確な分離を目的とし、各々が個々独立した行為をなす社会的実態が存する、ことからしても、単に帳簿上の便宜のため、法人資産とされたからといって、ただちに財産引受が存したとの認定はまさしく法令の適用を誤まったものであり、かかる違反は判決に影響を及ぼす違法になるものである。
(三) さらに、原判決は、被告人豊田の法人税を免がれる意思(故意)として、「法人税ほ脱犯の犯意としては不正計理によって実際所得よりも過少な申告所得を算出して、法人税をほ脱しているとの概括的な認識があれば足りると解し」本件門真残土地における故意を認定している。
(四) しかしながら、本件門真残土地の売却経過を原判決に即して見たとしても、被告における犯意はとうてい認められず、被告人の故意を認めた原判決は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認をなし、右事実誤認は、憲法第三一条に違反するものである。
即ち、原判決も述べるとおり、被告人豊田が本件門真残土地を通常取引価格に対し、著しく低価格で売却したのは、本件売買による譲渡益については、租税特別措置法の適用があるとの、電々公社当局の言を信じたからである。
即ち、被告人豊田においては、本件門真残土地を売りいそぐ必要性は全くなかったし、また、本件判示が認定する価格で売却する必要性もなかったのである。
仮に本件土地の譲渡益について、租税特別措置法の適用がないのだとするなら被告人豊田においては通常の市場価格で売却し、適正な税負担に応じればそれですんだことである。それをあえて低価格での売却に応じたのは、電々公社当局の言を信じたからであり、そこには、法人税ほ脱の意思が入り込む余地は全く存しないのである。それであるからこそ、被告人豊田においては、公社当局の指示のとおり納税迄完了しているのである。
かかる事情からすれば、被告人豊田において、本件譲渡所得が法人のものであるかのような認識は一切存していなかったのである。
しかるに、原判決は、かかる事情を一切無視し、本件門真残土地の実質上の経済的利益が法人に帰属するとの前提のもとに、被告人豊田の故意を認めるという重大な事実誤認を行ったのである。
第二、原判決は、憲法第三一条、同第三六条に違反するものである。
一、原判決は、その量刑において著しく不当であり、かかる量刑を是認することは憲法第三一条、同三六条の法意に反するものである。
即ち、本件門真残土地の売却の経過を見るならば以下の事実関係は不動である。
二、本件門真残土地の電々公社による購入手続を見るならば、電々公社当局は、本件門真残土地による譲渡益については、租税特別措置法の適用があることを、被告人豊田に縷縷説明し、右租税措置法の適用物件であることを「エサ」に本件売買価格の値引きを交渉したのである。
このような交渉経過を被告人豊田側より見れば、電々公社が一種の国家機関であり、公社が説明することはとりもなおさず行政機関の説明であると理解することは、一般国民としては自然ななり行きである。
被告人豊田は、この電々公社の説明を国の説明であると理解し、国家機関がまさか「ウソ」の説明をするなどとは全く考えず、その説明を正しいものと判断し、右公社の説明の指示にしたがい、本件門真残土地の譲渡益は、租税特別措置法の適用があるものと信じて、本件売買契約をし、右譲渡益についての納税をすましたのである。
しかし、後刻税務当局は、本件譲渡益には、右租税特別措置法の適用はないと判断したばかりか、検察当局は被告人豊田に対し、本件譲渡益を含めて、法人税法違反を理由に本件公訴を提起した。被告人豊田は、「国家機関」である公社の言を信じ、公益のためと信じて、本件門真残土地を市場価格より安く売却したのである。しかし、検察官はかかる事情を全く無視し、ただ形式的理由によって本件公訴を提起したのである。
三、国民は行政による指導のもとに一定の行為を行う。しかし、右指導に誤まりが存し、その故に被告人の行為が形式上法違反を犯したものであったとしても、それを理由に公訴を提起し、かつ有罪とし、被告人に刑を科すことが正義に合致することであろうか。結果は否である。
国家行為もしくは国家による行政指導は正しくなければならない。しかし仮に誤まった指導がなされた場合、国民が右指導に従った行為をし、その行為が形式的に違反したとしても、国家がその国民を刑罰に処するとなると、国は二重の誤りをしたことになる。本件はまさしくこのようを事態を生じたものである。
このような行為に刑罰を科することになればまさしく憲法に違反することとなる。刑の適正な有用とはほどとおくなる。かかる意味において本件において門真残土地を含めての有罪と原刑決における科刑は憲法に違反するというべきである。